社内SEゆうきの徒然日記

社内SE歴20年以上の経験からIT全般についてつぶやきます

なぜメタバースは「オワコン」になったのか?ブームの栄枯盛衰と未来への教訓を徹底解剖

 



 

 

序章:「メタバースは終わった」のか? 一大ブームの終焉を告げる声

 

2021年後半、テクノロジー業界の話題は一つの言葉に支配されていた。「メタバース」。

それは単なるバズワードではなく、モバイルインターネットに次ぐ次世代のプラットフォームとして、未来そのものだと語られていた 1。しかし、現在、ITニュースの見出しを飾るのは生成AIやAIエージェントに関する話題一色であり、メタバースという言葉を聞く機会はめっきりと減った 3。熱狂は過ぎ去り、今や多くの人々が「メタバースは終わったコンテンツ(オワコン)」と見なしている。

果たして、メタバースは一瞬の夢に過ぎなかったのだろうか。それとも、単にその姿を変え、次なる進化の段階に入っただけなのだろうか。

本稿では、この壮大なブームの栄枯盛衰を歴史的に紐解き、過剰に喧伝されたVR中心のメタバース構想がなぜ失敗に終わったのかを徹底的に分析する。その理由として、高すぎる参入障壁やキラーコンテンツの不在に加え、現代社会の価値観である「タイパ(タイムパフォーマンス)」との根本的な衝突という視点も深く掘り下げる。そして、メタバースの魂がどこで生き続け、仮想世界の夢が今後どこへ向かうのか、その未来への教訓を探っていく。

 

栄光の時代:世界がメタバースという「次のインターネット」に熱狂した理由

 

2021年に突如として世界を席巻したメタバースブーム。しかし、その概念は決して新しいものではなかった。数十年にわたる技術的、文化的土壌の上に、いくつかの強力な触媒が同時に作用したことで、未曾有の熱狂が生まれたのである。

 

2.1 メタバースの黎明期:SF小説から『セカンドライフ』へ

 

メタバースという言葉の起源は、1992年にSF作家ニール・スティーヴンスンが発表した小説『スノウ・クラッシュ』にまで遡る 4。この作品では、人々が「アバター」と呼ばれる分身を介して3次元の仮想空間で交流する未来が描かれており、30年以上前に現在のメタバースの原型となる構想が提示されていた。

このSFの世界を現実のものにしようとする最初の本格的な試みが、2003年に米リンデンラボ社によってリリースされた『セカンドライフ』である 5。ユーザーは仮想空間内で自由にコンテンツを制作し、他のユーザーとコミュニケーションを取り、さらには「リンデンドル」という独自の仮想通貨を用いた経済活動まで行うことができた 5。2006年から2007年にかけて日本でも大きなブームとなり、メタバースの可能性を世に知らしめた 6

しかし、この最初のブームは長くは続かなかった。『セカンドライフ』が広く普及するには、当時の一般的なPCのスペックでは不十分であり、高速な光回線も必須だった 8。また、多くのユーザーにとって「そこで何をするのか」という目的が不明確であったため、一部の熱心なユーザーを除いて定着には至らなかった 9。この『セカンドライフ』の衰退は、後のメタバースブームが直面する課題を予見する重要な歴史的教訓であった。ハードウェアの性能、通信環境、そして明確な利用価値。これらの条件が揃わない限り、仮想世界はマスアダプション(大衆への普及)には至らないという事実が、この時点で示されていたのである。2021年の熱狂は、この過去の教訓を半ば無視する形で進んでいった。

 

2.2 2021年、熱狂の着火剤:4つのメガトレンド

 

『セカンドライフ』のブームから十数年が経過し、世界はメタバースを再び受け入れる準備が整いつつあった。そして2021年、4つの巨大なトレンドが同時に発生し、爆発的なブームの引き金となった。

  1. Meta社の壮大な宣言

最大の着火剤は、2021年10月にFacebookが社名を「Meta Platforms」に変更したことだった 1。これは単なるリブランディングではなかった。世界最大のソーシャルネットワーク企業が、SNSの次に来るものはメタバースであると断言し、年間1兆円を超える巨額の投資を行うと発表したのだ 10。この動きは、メタバースという概念に強力な正当性を与え、投資家や他企業に対して「この波に乗り遅れてはならない」という強烈なメッセージとなった 11。

  1. コロナ禍という「タイムマシン」

新型コロナウイルスのパンデミックは、社会のデジタル化を強制的に加速させる「タイムマシン」として機能した 13。リモートワークやオンラインでのコミュニケーションが日常となり 7、人々は従来の2Dビデオ会議に限界を感じ始めていた。「発言のタイミングが掴みづらい」「相手の表情が読み取りにくい」といった不満が高まる中、より現実に近い臨場感のあるコミュニケーションを求めるニーズが急増した 7。メタバースは、仮想オフィスやバーチャルイベントといった形で、この課題を解決する究極のソリューションとして期待されたのである 2。

  1. テクノロジーの成熟

『セカンドライフ』の時代には未熟だった関連技術が、ついに実用レベルに達したことも大きな要因だった。特に、Meta Quest 2に代表されるVRヘッドセットは、ワイヤレス化、軽量化、そして低価格化が進み、一般消費者にとっての参入障壁を劇的に下げた 7。また、5G通信網の整備が進んだことで、3D空間での多人数同時接続に不可欠な高速・低遅延の通信環境が現実のものとなりつつあった 17。

  1. NFTとWeb3のゴールドラッシュ

同時期に巻き起こったNFT(非代替性トークン)とブロックチェーン技術のブームは、メタバースに強力な経済的インセンティブをもたらした 7。ユーザーが仮想空間内の土地やアイテムをNFTとして真に「所有」し、分散型の経済圏で自由に売買できるというWeb3の思想は、多くの投機家や起業家を惹きつけた 18。仮想の土地が数億円で取引されるといったニュースが世間を賑わせ、メタバースは新たなフロンティア、一攫千金のチャンスがある場所として認識されるようになった 19。

これら4つのメガトレンドが完璧な嵐(パーフェクトストーム)のように重なり合い、2021年、「メタバース元年」とも呼ばれる熱狂的なブームが幕を開けたのである 1

 

夢の終わり:メタバースが「オワコン化」した5つの決定的理由

 

あれほどの熱狂と期待を集めたメタバースは、なぜこれほど急速に失速し、「オワコン」と揶揄されるようになったのか。その背景には、理想と現実の間に横たわる5つの越えがたい壁が存在した。

 

3.1 高すぎる「体験への壁」:高価なデバイスと煩雑なセットアップ

 

メタバースが約束する完全な没入体験を得るためには、依然としてVRヘッドセットが推奨されるが、これが最初の大きな障壁となった。Meta Questシリーズの登場で価格は下がったとはいえ、多くの消費者にとってはスマートフォンやPCに加えて数万円の追加投資が必要となる 8。さらに、Appleが発表した「Apple Vision Pro」は約50万円という価格設定であり、最先端の体験が一般大衆の手の届かないものであることを示した 22

コスト以上に深刻なのが、利用に伴う「手間」である。「ゴーグルをつけるのが億劫」という心理的なハードルは根強く 8、長時間の装着は物理的な不快感や疲労を伴う 23。また、安全に利用するための物理的なスペースの確保も必要となる。これらは、ポケットから取り出してすぐに使えるスマートフォンの手軽さとは対極にある。

技術的な要求水準も依然として高い。多くのメタバースプラットフォームは、高性能なPCと安定した高速インターネット回線を要求し、これはかつて『セカンドライフ』が直面した問題と何ら変わりない 22。アカウントの作成、ソフトウェアのダウンロード、アバターの設定、操作方法の習得といった一連のプロセスは、ITに不慣れなユーザーにとっては複雑で、本格的に楽しむ前に離脱してしまう大きな原因となった 25

 

3.2 キラーコンテンツの不在:「それで、何ができるの?」という根源的な問い

 

高いハードルを乗り越えてメタバース空間に足を踏み入れても、多くのユーザーは根源的な問いに直面した。「ここで一体、何をすればいいのか?」。これが最大の問題、キラーコンテンツの不在である 14。多くのプラットフォームは、技術的な可能性を示すだけの、がらんとした無機質な空間に感じられた。

ユーザー体験は、既存のオンラインゲームと比較して見劣りすることが多かった 25。例えば、バーチャルなショッピングモールをアバターで歩き回る体験は目新しいかもしれないが、数秒で目的の商品にたどり着けるAmazonのようなECサイトの利便性には到底及ばない 27

ビジネス利用の切り札と期待されたバーチャル会議も同様だった。MetaのHorizon Workroomsのようなプラットフォームは、斬新ではあったものの、従来のビデオ会議を上回るほどの生産性の向上をもたらすことはできず、デバイスの準備や操作の手間を正当化できなかった 28。むしろ、アバターを介したコミュニケーションが非効率だと感じるユーザーも少なくなかった 29。結局のところ、人々が高い壁を乗り越えてまで繰り返し訪れたくなるような、魅力的で持続可能な体験を提供できなかったことが、メタバースの失速を決定づけた。

 

3.3 タイパ至上主義との衝突:キャラクター操作は「時間の無駄」か?

 

現代は、動画の倍速視聴やショート動画、結論だけを先に知る「ネタバレ消費」に象徴されるように、「タイパ(タイムパフォーマンス)」、つまり時間対効果を最大限に重視する時代である 30。この価値観と、メタバースの基本的な操作性は致命的なまでに相性が悪かった。

多くのメタバースプラットフォームにおける中心的な操作は、アバターを3D空間内で物理的に移動させることである。A地点からB地点へ行くために、ユーザーはアバターを歩かせなければならない。これは、リンクをクリックすれば瞬時に情報にアクセスできるウェブの世界に慣れ親しんだユーザーにとって、非効率で煩わしい行為に他ならない 29

この点に、メタバースが日常生活に浸透しなかった核心的な理由の一つがある。現代のインターネットは、物理的な制約から解放された、即時性と効率性を追求する中で進化してきた。ハイパーリンクは、空間を無視して情報と情報を結びつける革命的な発明だった。一方で、メタバースは、そのデジタルの世界に「移動時間」という現実世界の物理的制約をあえて再導入した。

タイパを重視するユーザーの視点から見れば、これは意図的に作られた「摩擦」であり、体験の質の向上に寄与しない無駄な時間と認識される。バーチャルストアまで5分かけてアバターを歩かせる行為は、それ自体がエンターテインメントとして成立しない限り、単なる時間の浪費である。メタバースは、現代のデジタルユーザーが数十年にわたって最適化してきた高速で抽象的な情報アクセスとは真逆の、低速で空間的な同期型インタラクションモデルを押し付けようとした。このユーザーの期待との根本的なミスマッチが、メタバースを「面倒なもの」として多くの人々から敬遠させた大きな要因と言える。

 

3.4 期待と現実の乖離:数千億ドル市場の予測と「閑散とした」仮想空間

 

ブームの最中、市場調査会社はこぞってメタバース市場の輝かしい未来を予測した。2030年には数千億ドルから、果ては5,078億ドルに達するという予測も存在した 31。しかし、その期待とは裏腹に、実際の仮想空間は閑散としていた。

主要なメタバースプラットフォームのユーザー数は、衝撃的なほど低水準だった。ブロックチェーン上の取引データを分析するDappRadarは、ある時点でDecentralandの1日のアクティブユーザー(トランザクション実行者)がわずか38人、The Sandboxが約4,503人だったと報告した 34。プラットフォーム側はこれらの数値が実態を反映していないと反論したが、彼らが主張するユーザー数でさえ、持続可能なエコシステムを形成するにはあまりにも少なかった。Metaが社運を賭けたHorizon Worldsも苦戦し、月間アクティブユーザー数が20万人を下回り、ユーザーの1ヶ月後の再訪率が10%に満たないという内部情報も報じられた 35

ここに、2021年のメタバースブームの本質が透けて見える。このブームは、ユーザーの熱狂やニーズから生まれたボトムアップの現象ではなかった。それは、巨大テック企業の将来戦略、ベンチャーキャピタルの投資熱、そしてNFTによる投機マネーが相互に作用しあって膨らんだ、トップダウンの投機バブルだったのである。市場予測や企業の投資額、数億円で売買される仮想土地のニュースが先行し、実際のユーザー体験やエンゲージメントという現実から乖離していた。そして、そのバブルは、肝心のユーザーが姿を現さないという厳然たる事実の前に、弾けざるを得なかったのだ。

 

3.5 巨大テック企業の戦略転換:ディズニー、マイクロソフトの撤退とAIへのピボット

 

ブーム終焉の決定打となったのが、旗振り役であった巨大テック企業の戦略転換である。2023年初頭、ディズニーは大規模なコスト削減の一環として、メタバース部門の閉鎖を決定した 37。短期的な成果が見込めない長期的な賭けと見なされ、事業の優先順位を引き下げられたのだ。

マイクロソフトも同様の動きを見せた。産業向けメタバースを推進するチームを結成からわずか4ヶ月で解体し、MR(複合現実)デバイスであるHoloLens部門でも人員削減を行った 38。その一方で、OpenAIへの数十億ドル規模の追加投資を発表し、事業の軸足を明確にAIへと移した 37

最大の推進者であったMetaでさえ、その論調を変え始めた。マーク・ザッカーバーグCEOは依然としてメタバースへの長期的な投資を明言しつつも、公の場での発言や設備投資計画は、より短期的な成果が期待できるAIを重視する方向へとシフトした 3。AIはメタバースの実現に不可欠な技術であると位置づけながらも、市場に対しては、当面の成長エンジンがAIであることを明確に示したのである。これらの動きは、メタバースの熱狂が終わり、テクノロジー業界の新たな主戦場がAIに移ったことを誰の目にも明らかにした。

 

ゲームの世界で生き続けるメタバースの魂

 

corporate主導のメタバース構想が壮大な失敗に終わる一方で、メタバースの本質的な要素は、別の場所で力強く成長し続けていた。それは、多くの人々が日常的に親しんでいる「ゲーム」の世界である。

 

4.1 「メタバース」を名乗らない成功者たち

 

メタバースブームが作り出そうとした世界の多くは、すでに人気のオンラインゲームの中に存在していた。彼らは自らを「メタバース」と声高に叫ぶことはないが、その実態はブームが目指した理想を遥かに超えている。

  • フォートナイト (Epic Games): 元々はバトルロイヤルゲームとして人気を博したが、今や巨大なソーシャルプラットフォームへと進化した。アリアナ・グランデのようなトップアーティストが仮想空間でコンサートを開催し、数千万人が同時に参加する 2。ユーザーが自由に世界を創造できる「クリエイティブモード」も備え、単なるゲームの枠を超えた体験を提供している。
  • VRChat: その名の通り、バーチャル空間でのコミュニケーションに特化したプラットフォーム。ユーザー自身がアバターや「ワールド」と呼ばれる空間を自由に制作・共有できる文化が根付いており、まさにコミュニティ主導のメタバースの理想形と言える 41。特定のゲーム目的はなく、ただ集まって会話したり、ユーザー主催のイベントに参加したりと、多様な交流が日々生まれている 41
  • Roblox: 主に若年層のユーザーが、自らゲームを制作し、それを公開・収益化できるプラットフォーム。強固なクリエイターエコノミーが確立されており、数百万人の開発者が活動している。ユーザーにとっては無限の遊び場であり、開発者にとってはビジネスの場となっている。

 

4.2 なぜ彼らは成功したのか?

 

これらのプラットフォームが成功し、Horizon WorldsやDecentralandが苦戦した理由を比較すると、メタバース普及のための重要な原則が見えてくる。

  • アクセシビリティの重視: 最大の違いは、VRヘッドセットを必須としなかったことだ。彼らはPC、ゲーム機、スマートフォンといった既存のデバイスで楽しめることを基本とし、VRはあくまで選択肢の一つとして提供した 21。これにより、メタバース体験への最大の参入障壁が取り払われた。
  • コンテンツが王様: これらのプラットフォームは、「目的を待つ空っぽの空間」ではなかった。最初からゲーム、イベント、コミュニケーションといった明確で魅力的な「やるべきこと」が豊富に存在した 42。プラットフォームはコンテンツを提供するための手段であり、プラットフォーム自体が目的ではなかった。
  • コミュニティ第一の思想: 彼らの成長は、トップダウンの壮大な構想によってではなく、ユーザーコミュニティの有機的な活動によって長年にわたって築かれてきた。クリエイターにツールを提供し、ユーザー同士の繋がりを促進することで、自律的に発展するエコシステムを育んだ 41

この対比から導き出されるのは、メタバースが「プロダクト」としてではなく、「フィーチャー(機能)」として提供された時に最も成功する、という事実である。Horizon WorldsやDecentralandは、「メタバースに行く」こと自体をプロダクトとして売ろうとした。しかし、そこには人々を惹きつけるだけの強力な理由がなかった。一方でフォートナイトのユーザーは、「メタバースに行く」ためにログインするのではない。「友達とゲームをする」「好きなアーティストのライブを見る」といった目的のためにログインし、その体験を豊かにする一連の機能として、アバターやソーシャルハブといったメタバース的要素が存在するのである。成功したプラットフォームは、メタバースを目的地としてではなく、既存の魅力的な活動を拡張する強力な手段として活用したのだ。

特徴

夢想的プラットフォーム (Visionary Platforms)

ゲーム的現実 (Gaming Reality)

代表例

Decentraland, Horizon Worlds

Fortnite, VRChat

主要アクセス

VRヘッドセット推奨・必須

PC, ゲーム機, スマートフォン (VRはオプション)

中核的魅力

仮想空間の所有、経済活動の可能性

ゲームプレイ、ソーシャルな交流、イベント参加

ユーザー基盤

限定的、ニッチなコミュニティ

数億人規模の大規模でアクティブなコミュニティ

収益化

仮想土地・NFTの販売 (投機的)

アイテム課金、イベントチケット、クリエイター支援

成功要因

トップダウンのビジョン、技術的先進性

ボトムアップのコミュニティ、豊富なコンテンツ、アクセシビリティ

 

次なる章:AIとの融合と「空間コンピューティング」が描く未来

 

メタバースの最初のブームは去ったが、その根底にある「デジタルと物理世界の融合」という探求が終わったわけではない。むしろ、AIという新たな強力なテクノロジーと、「空間コンピューティング」という新しい概念によって、次なる章の幕が開かれようとしている。

 

5.1 AIが創る「生きた」仮想空間

 

初期のメタバースが直面した「がらんとした空間」という問題に対し、生成AIは強力な解決策を提示する。AIによって自律的に行動し、自然言語でユーザーと対話できるNPC(ノンプレイヤーキャラクター)を大量に生成することで、たとえ人間のユーザーが少なくても、仮想空間を活気に満ちた「生きた」場所に変えることが可能になる 3

さらにAIは、コンテンツ制作の民主化を加速させる。これまで専門的なスキルが必要だった3Dモデルやアバターの衣装、さらにはワールド全体の制作を、簡単なテキスト指示(プロンプト)で行えるようになれば、コンテンツ不足という根本的な課題を解決できる可能性がある 44。誰もがクリエイターになれる環境が整えば、仮想空間は爆発的な多様性と豊かさを獲得するだろう。

 

5.2 「メタバース」から「空間コンピューティング」へ

 

Apple Vision Proの登場は、高価な価格設定という課題はありつつも、仮想世界に対する概念的な転換を象徴している。Appleは意図的に「メタバース」という言葉を避け、自社のデバイスを「空間コンピュータ」と位置づけた 23

この再定義は極めて重要である。それは、現実から隔離された仮想世界に没入する(VR)のではなく、現実の物理空間にデジタル情報やアプリケーションを重ね合わせて融合させる(MR/AR)という方向性を示している。ビジョンは現実の代替ではなく、現実の拡張なのだ。

このアプローチは、仮想のマルチモニターによる生産性の向上や、現実空間に情報を重ね合わせたコミュニケーション、エンターテイメントなど、より具体的で実用的な価値を提供する 24。これは、「そこで何をするのか」という問いに明確な答えを提示できなかった抽象的なメタバース構想よりも、はるかに多くの人々にとって理解しやすい。未来は、単一の巨大な「ザ・メタバース」という目的地ではなく、次世代デバイスを通じて私たちが日常的に利用する無数の「空間アプリケーション」の集合体になるのかもしれない。

 

結論:メタバースは「終わった」のではなく「形を変え、日常に溶け込む」

 

2021年に世界を席巻した、VRを前提とする統一された壮大なメタバースというビジョンは、確かに失敗に終わった。それは過剰な期待(ハイプ)の犠牲者であり、ユーザーの真の需要ではなく投機バブルの上に築かれ、そして何よりも「タイパ」を重視する現代のユーザー行動を根本的に見誤っていた。

しかし、メタバースは死んだわけではない。その魂は、楽しさ、コミュニティ、そしてアクセシビリティを最優先する成功したゲームプラットフォームの中で生き続けている。そこでは、メタバースは壮大な目的地ではなく、人々の体験を豊かにする強力な機能として機能している。

今後、「メタバース」という言葉自体は、「情報スーパーハイウェイ」という言葉が消えていったように、次第に使われなくなるかもしれない。しかし、その根底にあるコンセプト、すなわちデジタルな自己同一性(アバター)、仮想空間における他者との共存(ソーシャルプレゼンス)、そして物理世界とデジタル世界の融合という探求は、形を変えながら確実に進化を続けるだろう。未来の姿は、我々が「メタバース」という特定の場所を訪れるのではなく、空間コンピューティングやAIといった技術が、我々の既存のデジタルライフに見えない形で溶け込んでいく、よりシームレスなものになるはずだ。ブームは終わった。メタバースよ一夏の思い出?をありがとう!

 

メタバースに関するQ&A

 

Q1: 結局、「メタバース」とは何だったのでしょうか?

A: インターネット上に構築された、ユーザーがアバターとして活動する永続的な3次元の仮想空間、およびそのサービスの総称です 18。2021年のブームでは特に、VR機器やブロックチェーン技術と結びついた、Horizon WorldsやDecentralandのようなプラットフォームが注目されました。

Q2: 最初のメタバースブーム『セカンドライフ』はなぜ失敗したのですか?

A: 時代を先取りしすぎていました。2000年代中頃の一般的なPCスペックやインターネット回線では快適な体験が難しく、多くの人にとって参入障壁が高すぎました。また、明確な目的が見出しにくく、一部の熱心なユーザーを除いて定着しませんでした 8。

Q3: Meta社はメタバース事業から撤退するのでしょうか?

A: 撤退ではなく、戦略的な優先順位の変更と見られます。依然として年間数千億ドル規模の投資を継続していますが、より短期的な収益が見込めるAI分野への注力を強めています。メタバース事業が本格的に収益化するのは2030年以降という長期的な計画を公言しています 3。

Q4: なぜ『フォートナイト』や『VRChat』は成功しているのですか?

A: 主な理由は、アクセシビリティ、明確な目的、そして強力なコミュニティです。VR機器がなくてもPCやスマートフォンで気軽に始められ、「ゲームを遊ぶ」「友人と交流する」といった楽しい体験がすぐに得られます。また、ユーザーがコンテンツを作る文化が根付いている点も強みです 41。

Q5: VRゴーグルは今後普及するのでしょうか?

A: 緩やかに普及は進むと考えられますが、スマートフォンのような爆発的な普及はまだ先になるでしょう。価格、装着時の快適さ、そして「VRでなければ体験できない」キラーコンテンツの不足が依然として大きな課題です。デバイスの性能は向上し価格も下がりつつありますが、顔に何かを装着するという根本的な手間は残ります 8。

Q6: 「タイパが悪い」とは、具体的にどういうことですか?

A: ある行動に費やす時間や労力に対して、得られる価値や満足度が低い状態を指します。メタバースの文脈では、ウェブサイトならワンクリックで済むような情報の取得や商品の購入に、アバターをわざわざ歩かせて時間をかける必要があり、これが非効率的だと感じられることを意味します 29。

Q7: メタバースとNFT(非代替性トークン)の関係は?

A: NFTは、メタバース内の土地やアイテムといったデジタル資産に、ブロックチェーン技術を用いて唯一無二の所有権を与える仕組みとして期待されました。これによりユーザー主導の経済圏が生まれる可能性が示されましたが、同時に実用性を伴わない投機的なバブルを生み出す一因ともなりました 7。

今後はメタバースと運命共同体の道を歩むという指摘もあります。

Q8: Apple Vision Proはメタバースの未来を変えますか?

A: 未来の「方向性」を変える可能性があります。Appleは仮想世界への没入(メタバース)ではなく、現実世界にデジタル情報を重ねる「空間コンピューティング」を提唱しています。これはより実用的な応用が期待できますが、約50万円という高価格が短期的な普及の大きな障壁となっています 22。

Q9: 企業がメタバースから撤退しているのは本当ですか?

A: はい。ディズニーやマイクロソフトといった著名な企業が、コスト削減や事業の選択と集中を進める中で、短期的な収益が見込めないメタバース専門部門を解散・縮小する動きを見せています。より確実な成果が期待できるAI分野にリソースを再配分する傾向が強まっています 37。

Q10: 今後、メタバース関連技術に投資する価値はありますか?

A: 「メタバース」というバズワード自体への投資はリスクが高いかもしれません。

引用文献

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  2. メタバースとは?仮想空間でできること、定義や利用メリット、ビジネス活用の具体例を解説, 9月 20, 2025にアクセス、 https://www.shanon.co.jp/blog/entry/metaverse/
  3. メタバースは終わってしまったのか? “コロナ禍後の仮想空間”の現在地 日常として定着しないワケ(5/5 ページ) - ITmedia NEWS, 9月 20, 2025にアクセス、 https://www.itmedia.co.jp/news/articles/2507/02/news034_5.html
  4. メタバースとは?定義、注目背景、事例をわかりやすく解説! - SmartDB, 9月 20, 2025にアクセス、 https://hibiki.dreamarts.co.jp/smartdb/learning/le220428/
  5. メタバースはいつから始まった?歴史的背景や注目が集まった理由を解説 | Beyond Work Labo, 9月 20, 2025にアクセス、 https://localsquare.co.jp/beyondworklabo/metaverse-history/
  6. メタバースとは?流行している背景や活用事例をご紹介 - クロス・マーケティング, 9月 20, 2025にアクセス、 https://www.cross-m.co.jp/column/marketing/mkc20211217
  7. メタバースとは何か?注目される背景やビジネスにもたらす効果を解説, 9月 20, 2025にアクセス、 https://www.nice2meet.us/metaverse
  8. メタバースは失敗する?現状と将来性を活用法とともに紹介, 9月 20, 2025にアクセス、 https://www.takara-sc.co.jp/column/3351/
  9. メタバースは失敗する?将来性・今までの失敗例を解説 – Mediverse, 9月 20, 2025にアクセス、 https://www.for-it.co.jp/mediverse/metaverse/metaverse-failure/
  10. FacebookがMetaに社名変更をした3つの理由を徹底解説 - メタバース総研, 9月 20, 2025にアクセス、 https://metaversesouken.com/metaverse/facebook-meta/
  11. FacebookがMetaに社名変更|メタバース事業に賭けるDX戦略 - DXportal, 9月 20, 2025にアクセス、 https://www.dx-portal.biz/facebook-meta-dx/
  12. Facebookが「Meta」に社名変更して起こる未来は - YouTube, 9月 20, 2025にアクセス、 https://www.youtube.com/watch?v=qkHy3tnUAbo
  13. メタバースはビジネスをどう変える?見えてきた可能性と課題|be CONNECTED., 9月 20, 2025にアクセス、 https://biz.kddi.com/beconnected/feature/2023/230510/
  14. メタバースに注目が集まる6つの理由とは?普及に向けたカギも解説, 9月 20, 2025にアクセス、 https://metaversesouken.com/metaverse/attention/
  15. 新たな観光体験:「メタバース観光」の需要と可能性 - VRer!, 9月 20, 2025にアクセス、 https://www.vrer.jp/column/contents/vol38.html
  16. メタバースが私たちの生活にもたらす影響 - 大阪女学院大学, 9月 20, 2025にアクセス、 https://www.wilmina.ac.jp/wilmina-info/wp-content/uploads/2023/02/12-1%E6%9C%88%E6%9D%BE%E5%B0%BE%E5%85%88%E7%94%9F.pdf
  17. メタバースの歴史 - Ledefiリサーチ, 9月 20, 2025にアクセス、 https://research.ledefi.co.jp/report/60
  18. メタバースについてわかりやすく解説|実現できる事と課題、展望は? - Cotra, 9月 20, 2025にアクセス、 https://www.transcosmos-cotra.jp/metaverse
  19. メタバースとは何か市場動向と始め方を徹底比較!注目企業やVR・AR最新事例も解説 | DXツール | ホームページ制作・アプリ制作・LP制作に関するマーケティング情報局 | 株式会社アシスト, 9月 20, 2025にアクセス、 https://assist-all.co.jp/column/dxtools/20250626-5877/
  20. 「メタバースは流行らない・失敗する」が間違ってる理由を分かりやすく解説 - バンソウDX, 9月 20, 2025にアクセス、 https://bdx.fabeee.co.jp/blog/dx/metaverse-trend/
  21. メタバースはなぜ流行らないのか?流行らない理由と普及のポイントを解説 - 株式会社V, 9月 20, 2025にアクセス、 https://v-inc.jp/blog/I5Y_LKCz
  22. 【2024年版】メタバースはオワコン?その理由と将来性について解説 - 株式会社Urth, 9月 20, 2025にアクセス、 https://u-rth.com/post/metaversefuturedo-not-have/
  23. 【徹底レビュー】Apple Vision Proを実際に使って分かったメリット・デメリット - note, 9月 20, 2025にアクセス、 https://note.com/bright_llama373/n/n9272e3582d61
  24. Apple Vision Proの評価まとめ|日本人9名のレビューを分析 - メタバース総研, 9月 20, 2025にアクセス、 https://metaversesouken.com/metaverse/applevisionpro-rating/
  25. メタバースは失敗?原因や事例、普及の可能性について解説 - 株式会社V, 9月 20, 2025にアクセス、 https://v-inc.jp/blog/8fnaaLEp
  26. メタバースは失敗する?否定的な声がある理由や普及の現況を解説 | Beyond Work Labo, 9月 20, 2025にアクセス、 https://localsquare.co.jp/beyondworklabo/metaverse-failure/
  27. 52のオッサンがメタバースやってみた - 自然素材のエコ住宅で断熱等級7に挑戦。地元で100年 一級建築士の現場ブログ | 富士市の工務店マクス, 9月 20, 2025にアクセス、 https://www.macs-inc.co.jp/macs/blog2/220828
  28. 【図解】メタバースの市場構造と海外/日本の主要企業の動向とは?, 9月 20, 2025にアクセス、 https://metaversesouken.com/metaverse/market-company/
  29. 年間3000時間滞在のメタバースユーザーが語る「デジタル生活者発想」とは @メ環研の部屋, 9月 20, 2025にアクセス、 https://mekanken.com/contents/2586/
  30. Z世代の新しい価値観「タイパ」とは?代表的な行動7つ - Cotra, 9月 20, 2025にアクセス、 https://www.transcosmos-cotra.jp/typer
  31. 令和6年版 情報通信白書|メタバース - 総務省, 9月 20, 2025にアクセス、 https://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/whitepaper/ja/r06/html/nd217520.html
  32. メタバース系スタートアップが急増加?事業内容や急成長企業を解説! | Startup Frontier, 9月 20, 2025にアクセス、 https://professional-studio.co.jp/media/archives/877
  33. メタバース市場規模、シェア、価値|成長レポート[2032] - Fortune Business Insights, 9月 20, 2025にアクセス、 https://www.fortunebusinessinsights.com/jp/%E3%83%A1%E3%82%BF%E3%83%90%E3%83%BC%E3%82%B9-%E3%83%9E%E3%83%BC%E3%82%B1%E3%83%83%E3%83%88-106574
  34. メタバースは孤独? 評価額1900億円でもデイリーアクティブユーザーは数十人か, 9月 20, 2025にアクセス、 https://www.coindeskjapan.com/162391/
  35. Meta『Horizon Worlds』の月間アクティブユーザー数は20万人未満と苦戦気味か - Real Sound|リアルサウンド, 9月 20, 2025にアクセス、 https://realsound.jp/tech/2023/02/post-1247650_3.html
  36. Meta Horizon Worlds > 500k Active Users - Metaculus, 9月 20, 2025にアクセス、 https://www.metaculus.com/questions/15576/meta-horizon-worlds--500k-active-users/
  37. ディズニーがメタバースに参入していた!?事業背景と撤退理由を解説 | meta land, 9月 20, 2025にアクセス、 https://stella-international.co.jp/media/disney-metaverse/
  38. 【2024年最新版】メタバースの現状と課題~3名のメタバースエキスパートが徹底解説 - Meltwater, 9月 20, 2025にアクセス、 https://www.meltwater.com/jp/blog/the-state-and-challenges-of-the-metaverse--2024
  39. マイクロソフトはメタバースから撤退するのか?戦略や参入状況を解説, 9月 20, 2025にアクセス、 https://metaversesouken.com/metaverse/microsoft-withdrawal/
  40. Meta、予想を上回る2桁台の増収増益 設備投資額引き上げ - ITmedia NEWS, 9月 20, 2025にアクセス、 https://www.itmedia.co.jp/news/articles/2505/01/news080.html
  41. VRChatとは?注目される理由や企業の活用事例を徹底解説 | メタバース情報局 by transcosmos, 9月 20, 2025にアクセス、 https://transcosmos-meta.jp/column/814/
  42. 5大メタバースプラットフォームを徹底比較|ビジネス活用法や事例も, 9月 20, 2025にアクセス、 https://metaversesouken.com/metaverse/platform-comparison/
  43. 人気メタバースFortniteとは?企業の活用事例やメリットも紹介, 9月 20, 2025にアクセス、 https://metaversesouken.com/metaverse/fortnite-2/
  44. Horizon Worlds - Wikipedia, 9月 20, 2025にアクセス、 https://en.wikipedia.org/wiki/Horizon_Worlds
  45. メタバースとは?やり方や意味を分かりやすく解説 - 山梨中央銀行, 9月 20, 2025にアクセス、 https://www.yamanashibank.co.jp/fuji_note/culture/metaverse.html
  46. 【2024年】メタバースの普及率はまだ5%?市場規模や展望も紹介, 9月 20, 2025にアクセス、 https://metaversesouken.com/metaverse/diffusion-rate/
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