社内SEゆうきの徒然日記

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JR東日本の顔認証カメラ停止、その裏側:噂された「中国製カメラ」と、本当に問われた「私たちのプライバシー」

ネットに疑いの声があったので徹底調査

 

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序章:止まった監視の目 - JR東日本で何が起きたのか?

 

世界で最も複雑で利用者の多い鉄道網の一つ、JR東日本の駅で、ある日ひっそりと「監視の目」が停止されました。それは単なる技術的なトラブルではありませんでした。指名手配中の容疑者を検知し、テロや凶悪犯罪を未然に防ぐという壮大な目的を掲げて導入された最新の顔認証カメラシステムが、世論の激しい嵐に直面し、運用停止に追い込まれたのです 1

このシステムは、駅構内に設置された数千台のカメラが、通過するすべての人々の顔をリアルタイムでスキャンし、警察から提供された指名手配犯の顔データや、過去にJRの施設で重大犯罪を犯し刑期を終えた出所者、さらには「うろつく」といった不審な行動を取った人物の顔情報と照合するものでした 3。検知された場合、警備員が駆けつけ、必要に応じて警察に通報するという、まさに近未来のセキュリティ体制でした 5

しかし、この「安全」を追求する試みは、なぜこれほどまでに強い反発を招き、頓挫してしまったのでしょうか。そして、この騒動の背後で囁かれ続けた一つの疑惑――「このカメラは、セキュリティ上の懸念が指摘される中国の大手メーカー、ハイクビジョン(Hikvision)製ではないのか?」という問いの真相は何だったのでしょうか。

この一件は、単なる一企業のセキュリティ対策の失敗談では終わりません。それは、テクノロジーによる安全の追求が、私たちのプライバシーや自由とどのように衝突するのか、そして、目に見えないグローバルな技術覇権争いが、私たちの日常生活にどのような影響を及ぼすのかを浮き彫りにした、現代社会の縮図ともいえる事件なのです。本稿では、公式発表の裏側を読み解き、この問題の核心に迫ります。

 

核心の疑惑:ハイクビジョン製カメラは使われていたのか?

 

国内のプライバシー論争と並行して、水面下で囁かれ続けたのが、使用されたカメラの「出自」に関する疑惑でした。具体的には、世界最大の監視カメラメーカーでありながら、数々のセキュリティリスクや国家安全保障上の懸念が指摘される中国企業「ハイクビジョン」の製品が使われていたのではないか、というものです。この疑惑の真相を探ることは、問題のもう一つの側面、すなわちグローバルな技術競争とサプライチェーンのリスクを理解する上で不可欠です。

 

なぜハイクビジョンは疑われたのか?――世界が警戒する巨大企業

 

まず、なぜハイクビジョンの名前が挙がったのか、その背景を理解する必要があります。同社が世界中から厳しい視線を向けられている理由は、大きく分けて三つあります。

  1. 中国政府・軍との密接な関係: ハイクビジョンの支配株主は、中国政府が所有する国有企業「中国電子科技集団」です 13。また、同社が中国軍と共同で研究を行ったり、軍にドローンやカメラを供給したりしてきたことも報じられています 14。このため、同社の製品が中国政府の諜報活動に利用されるのではないかという懸念が絶えません。

  2. 深刻なセキュリティ脆弱性: 同社の製品からは、これまで何度も深刻なセキュリティ上の欠陥(脆弱性)が発見されています。中には、パスワードなしでカメラを遠隔から乗っ取ることが可能になる「バックドア」と疑われるような致命的なものも含まれていました 13。脆弱性評価システム(CVSS)で深刻度が「9.8/10」という最高レベルの危険性と評価されたこともあり、実際にハッキングの踏み台にされた事例も報告されています 13

  3. 人権問題への関与疑惑と各国の規制: ハイクビジョンの技術が、新疆ウイグル自治区における人権侵害を目的とした大規模な監視システムに利用されているとの疑惑が持たれています 15。こうした背景から、アメリカは国防授権法(NDAA)に基づき政府機関での同社製品の使用を禁止し、連邦通信委員会(FCC)は新規の製品販売を認めない措置を取りました 18。イギリスやカナダなども、政府機関からの排除を進めています 15

これらの事実は、ハイクビジョンというブランドが単なる一カメラメーカーではなく、「セキュリティリスク」と「地政学的リスク」の象徴となっていることを示しています。

 

「決定的証拠」の探求――公表情報から見えること

 

では、JR東日本は実際にハイクビジョン製のカメラを使用していたのでしょうか。

結論から言えば、公に発表されたプレスリリースや報道、公式な資料の中に、JR東日本がこの顔認証システムでハイクビジョン社製のカメラを使用していたことを示す直接的かつ決定的な証拠は見当たりません。

JR東日本で導入されていたかどうかはなんとも言えませんが、鉄道ソリューションとして大々的に監視カメラが販売されていた事実から、他鉄道事業者では大規模に導入されていた可能性は極めて高いと考えるのが自然でしょう。

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JR東日本が他のハイテクプロジェクト、例えば「ウォークスルー型」の顔認証改札機の実証実験などでは、パナソニックやNECといった日本の大手テクノロジー企業と公式に提携していることが発表されています 21。これは、同社が重要なシステムにおいて国内の信頼できるパートナーと協力する方針を持っていることを示唆しており、安易に特定の海外メーカーの使用を断定することはできません。状況証拠から考えると海外メーカーの監視カメラを使用していた可能性は低いけど、OEMの可能性も考え念には念を入れて、一時?稼働停止したのでは?と個人的に思っています。

他鉄道事業者もこれくらい慎重を期すべきだと思います。

 

見えないリスク――OEMとサプライチェーンの罠

 

しかし、「ハイクビジョン製ではなかった」と結論付けるのもまた早計です。ここで重要になるのが、「OEM(Original Equipment Manufacturer)」というビジネスモデルと、「サプライチェーンリスク」という概念です。

OEMとは、ある企業が製造した製品を、別の企業が自社ブランドとして販売する形態を指します。ハイクビジョンは世界最大のOEM供給元の一つであり、同社が製造したカメラやその部品が、日本の有名ブランドを含む世界中のメーカーの製品に組み込まれていることは業界の常識です 25。つまり、カメラの筐体に「HIKVISION」と書かれていなくても、その中身はハイクビジョン製である可能性は十分にあり得るのです。

これは、より広範なサプライチェーンリスクの問題へと繋がります 27。今日の電子機器は、世界中の無数の企業から供給される部品を組み合わせて作られています。JR東日本のような巨大組織が数千台規模のカメラシステムを導入する場合、複数の業者を経由して調達が行われます 29。その複雑な過程のどこかで、意図せずして、あるいは意図的に、セキュリティ上の懸念がある部品が紛れ込むリスクはゼロではありません 31

結局のところ、ハイクビジョン製カメラが使われていたかどうかの「白黒」を付けることは、外部からは極めて困難です。しかし、重要なのはその事実そのものよりも、多くの人々が「そうかもしれない」と疑念を抱いたという事実です。それは、私たちの身の回りにあるテクノロジーが、もはや純粋な利便性の道具ではなく、その背後にある製造国の意図やセキュリティの信頼性といった、目に見えない要素と切り離しては考えられなくなっていることの証左なのです。大手警備会社の監視カメラで、ハイクビジョン社製監視カメラが使用されている事実を確認済みです。コロナ渦に一気に普及した建物の入り口に置いてある体温計測用カメラでもハイクビジョン社製カメラが、今でも多くの飲食店、医療機関で稼働していることを確認しています。

 

 

ニュースの深層:「真の意図」はカメラのブランドを超えた場所にある

 

JR東日本の顔認証カメラ停止騒動を、単に「プライバシー保護派の勝利」や「特定メーカー製品への疑惑」という側面だけで捉えるのは、本質を見誤る可能性があります。この一件は、現代社会が直面する複数の巨大な潮流が交差した、一つの象徴的な事件でした。その深層を理解するために、公式な理由と、その背景に横たわるより大きな文脈を対比してみましょう。

Table 1: JR東日本 顔認証カメラ停止の「表」と「裏」

表向きの理由 (The Official Reasons) 背景にある懸念 (The Underlying Context)

個人のプライバシー権の侵害 3

特定国(中国)の国家が関与する技術への不信感 13

社会的合意の欠如 7

サプライチェーンの脆弱性への不安 27

元受刑者への差別にあたる 6

機器に存在する「バックドア」などセキュリティリスク 13

民間企業による過度な警察活動 5

グローバルな技術覇権争いの影響 19

この表が示すように、この問題は二層構造になっています。表層にあるのは国内の倫理的・法的な議論ですが、その土台には、よりグローバルで構造的な不安が存在しているのです。

 

潮目の変化:安全神話からプライバシー意識の高まりへ

 

一つ目の大きな潮流は、日本社会における「安全のためなら多少のプライバシーは仕方ない」という考え方の潮目の変化です。これまで、防犯カメラの設置は比較的スムーズに受け入れられてきました。しかし、AIと結びついた顔認証技術は、単に映像を記録するだけでなく、個人を自動で識別し、分類し、追跡することを可能にします。この「監視の質の変化」が、人々の警戒心を一気に高めました。JR東日本の事例は、社会がテクノロジーによる監視に対して、明確なガバナンスと透明性を求めるようになった転換点として記憶されるでしょう 3

 

地政学リスクの日常化:「技術」が「国」を背負う時代

 

二つ目は、米中間の技術覇権争いに象徴される、地政学リスクの日常化です。かつて、製品は性能と価格で選ばれるのが当たり前でした。しかし今や、その製品が「どこの国の企業によって作られたか」が、その信頼性を左右する重要な要素となっています 18。特に、通信機器や監視カメラのような社会インフラに関わる製品の場合、その背後にある国家の影がちらつくだけで、大きな不安材料となります。ハイクビジョンへの疑惑は、この「技術の国籍」を人々が意識し始めたことの現れであり、もはや企業は調達において地政学的な視点を無視できなくなっています。

 

サプライチェーンという「アキレス腱」

 

三つ目の潮流は、グローバル化した製造業が抱えるサプライチェーンの脆弱性への認識の高まりです。製品の企画・設計は日本で行われても、部品の製造や組み立ては海外の複数の国にまたがるのが一般的です。この複雑なネットワークは、コスト削減や効率化に貢献する一方で、品質管理やセキュリティ確保を極めて困難にしています 27。悪意のある第三者が製造過程で不正なプログラムや部品を混入させるリスクは、国家レベルの安全保障問題として認識されています 32。JR東日本のカメラシステムも、この巨大で不透明なサプライチェーンの末端に位置しており、そのリスクと無縁ではいられなかったのです。

この事件の「真の意図」や「裏側」を読み解くとは、これら三つの大きな潮流が、JRの駅という日常的な空間で交錯し、衝突した様を理解することに他なりません。それは、もはや技術の導入が、単なる技術部門や財務部門の決定事項ではなく、広報、法務、そして国際情勢を分析する経営層までを巻き込んだ、極めて高度なリスクマネジメントの問題へと変貌を遂げたことを示しているのです。

 

結論:私たちの未来の駅とプライバシー

 

JR東日本の顔認証カメラシステム停止という一連の出来事は、多くの教訓を残しました。この国内の議論の炎をさらに大きく煽ったのが、ハイクビジョン問題に象徴される、グローバルな技術不信の潮流でした。たとえ直接的な証拠がなくとも、「セキュリティに穴があり、外国政府と繋がっているかもしれないカメラ」という強力なイメージは、人々の漠然とした不安を具体的な恐怖へと変え、反対の声を増幅させる役割を果たしました。

この事件から我々が学ぶべき本質は、単純な「プライバシーか、安全か」という二元論ではありません。それは、強力な監視技術を社会に導入する際に、徹底した透明性、厳格なルールの下での説明責任、そして何よりも人権を尊重する倫理的なガバナンスがいかに重要かということです。

今後、私たちの駅や街に、さらに高度なテクノロジーが導入されていくことは避けられないでしょう。しかし、その技術は誰のために、何を目的として使われるのか。その運用ルールは誰が、どのように決めるのか。そして、その技術の裏側には、どのようなリスクが潜んでいるのか。JR東日本の事例は、私たち市民一人ひとりが、技術の「受け手」であるだけでなく、そのあり方を問う「当事者」であることを強く突きつけました。未来の駅の姿は、私たちがこれからどのような問いを立て、どのような答えを選択していくかにかかっているのです。

 

JR東日本・顔認証カメラ問題 Q&A

 

Q1: JR東日本はなぜ駅の顔認証カメラを停止したのですか?

A: 主に「プライバシーの侵害」と「社会的な合意が得られていない」という強い反発があったためです。特に、刑務所からの出所者を対象に含めていた点が、差別にあたるとして大きな批判を浴びました。

Q2: ニュースで噂されたハイクビジョン製のカメラは本当に使われていたのですか?

A: わかりません、JR東日本がこのシステムでハイクビジョン製のカメラを使っていたという公式な発表や、それを裏付ける確かな証拠はありません。

Q3: なぜハイクビジョン製のカメラが問題視されるのですか?

A: ハイクビジョンは中国の政府系企業が筆頭株主であり、製品にセキュリティ上の脆弱性(欠陥)が何度も見つかっています。アメリカなどでは、国家安全保障上のリスクがあるとして政府機関での使用が禁止されています。

Q4: 証拠がないのに、なぜハイクビジョンの名前が挙がったのでしょうか?

A: 世界的に「セキュリティリスクのある監視カメラの代表例」として有名だからです。JR東日本の件で人々の間にあった「監視社会への不安」が、具体的なハイクビジョンのイメージと結びつき、噂が広がったと考えられます。

Q5: 顔認証カメラの一番の問題点は何だったのでしょうか?

A: 利用者に知らせず、同意なく不特定多数の人々の顔という重要な個人情報を集め、特定の経歴を持つ人々(出所者など)を区別しようとした点です。これは技術の問題だけでなく、倫理や人権の問題とされています。

Q6: 日本の法律では、このような顔認証は問題ないのですか?

A: 専門家からは、日本の個人情報保護法がEUのGDPRなどに比べて規制が緩いという指摘があります。今回の件は、法律の不備を浮き彫りにしたとも言えます。

Q7: カメラのメーカーがどこであれ、問題の本質は変わらないということですか?

A: はい。たとえ日本製のカメラであっても、多くの人々が納得できるルールや透明性なしに、公共の場で顔認証を使い人々を監視・選別することは、プライバシーや人権の観点から大きな問題となります。

Q8: サプライチェーンリスクとは何ですか?

A: 製品が作られて手元に届くまでの流れ(サプライチェーン)のどこかで、悪意のある部品が混入したり、セキュリティが甘くなったりする危険性のことです。カメラのブランド名だけでは安全かどうか判断できない、ということです。

Q9: この一件から私たちが学ぶべきことは何ですか?

A: テクノロジーは安全のために役立つ一方、使い方を間違えると私たちの自由やプライバシーを脅かす可能性があるということです。便利な技術を導入する際には、社会全体での十分な議論と透明性の高いルール作りが不可欠です。

Q10: 今後、駅の防犯カメラはどうなるのでしょうか?

A: 防犯カメラ自体がなくなることはありませんが、顔認証のような高度な機能を使う場合は、今回のような反発を受け、より慎重な運用が求められるようになります。プライバシーに配慮した形での技術活用が大きな課題となります。

 

 

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